文化の秋、講演の秋

文化の秋、講演の秋

秋は、講演や「出前講義」のシーズンです。今年は新型コロナウイルスの心配もあり、残念ながらキャンセルもいくつかありました。そんな中、先月は貴重な場をセッティングしていただけて、嬉しさのあまり、映像にも残してもらいました(ご笑覧ください)。

10月3日、紅葉一歩手前の、北海道十勝管内清水町。「清水町図書館開館30周年」を記念して、短歌創作ワークショップ「ふりがな一つで、短歌は活きる」を担当させていただきました。
とはいえ、え? 短歌に「ふりがな」?? 首をひねる方もいらっしゃるかもしれませんね。短歌の結社によっては、「ふりがな禁止」というところもあるのですが、日本の近代文学史を振り返ると、「ふりがな」は、とても豊かな活字文化の一つでした。
江戸時代、寺子屋などのおかげで、人々の識字率は意外にも高いものでした。漢字は読めなくても、そこに「ふりがな」をふれば、読み聞かせができる状態だったのです。
明治に入ると、人気の落語家・三遊亭円朝の『怪談牡丹燈籠』(明治17年)の速記録なども、すべて総ルビ=ふりがな付き。「陳列(ならべ)て」「必然(さだめし)」など、ちょっと気の利いたふりがな遣いもあり、明治の読者は、漢字とふりがなの両方を味わっていたのでした。

現代短歌でも、漢字とふりがなを活用した、遊び心あふれる作品が発表されています。

・子供とふ粗悪類なき舌の説くオイシイモノなり即席印度風辛味汁(レトルトカレー)
島田修三『東海憑曲集』より

これらの短歌を紹介しながら、受講のかたがたに、「私」「生命」にふりがなをふっていただきました。

ところで、みなさんは「私」にどのようなふりがなをふりますか……?
「あや(名前)」「オレさま」などのほか、「おかあさん」「センセイ」「おっちょこちょい」など、所属や性質をふりがなにしても、「私」を説明できますね。
人生とは、究極、「私」という概念にふりがなをふっていくことではないでしょうか。
人間関係によって「私」のふりがなは変わりますし、もしかすると、明日まったく新しい「私」を発見できるかもしれません。
短歌を通して〈自己発見〉してゆく――そんなワークショップを通じて、私自身も〈発見〉の可能性を実感しているところです。

10月27日には、北海道旭川永嶺高校(初訪問でした)で出前講義を担当させていただきました。テーマはまさに、「読んでみよう、三浦綾子――旭川出身のミリオンセラー作家の魅力――」。
実は、高校生にこのテーマでお話するのは初めてで、舞い上がってしまい、早口になってしまった1時間でした(反省)。『氷点』のあらすじを語ると、生徒さんたちの目がキラリと輝いたのが印象に残っています。”三浦綾子”の存在、関心をもってもらえたでしょうか?

ほか、年明けには、3月16日に労文協リレー講座「『非国民文学論』を上梓して」@北海道自治労会館(札幌市)
などがあります。

正直、お話はうまいほうではなく、どっと笑いを誘うような芸もできないのですが、私自身が〈発見〉して新鮮に感じたことをお伝えしています。今後も、”伝える”努力を重ねてまいりますね。

※文学の講演や、短歌ワークショップのお問い合わせ・お申し込みは、
北海道立文学館「出前講座」 http://www.h-bungaku.or.jp/event/demae.html
または、三浦綾子記念文学館(メール)へ直接ご連絡ください。
※高校生向けの「出前講座」のお問い合わせ・お申し込みはこちらへ。
https://www.hgu.jp/about/highschool-cooperation-program.html

田中 綾

河﨑秋子さん(三浦綾子文学賞受賞作家)の最新作、山田風太郎賞の候補に

作家・河﨑秋子さんの三浦綾子文学賞受賞作、『颶風(ぐふう)の王』(2015年)は、もうお読みになられたでしょうか。https://www.hyouten.net/?pid=91722402 3章からなり、明治から平成まで、6世代の人々が、「馬」とともに〈生きる〉力強い物語です。JRA賞馬事文化賞も受賞し、一気に注目を集めた作品でした。

その河﨑さんの3作目にあたる短編集『土に贖う』(2019年)は、すでに第39回新田次郎文学賞を受賞していますが、現在、第11回山田風太郎賞の候補作にもなっています。https://www.hyouten.net/?pid=152112144

『土に贖う』は、昭和の良質なプロレタリア文学をほうふつとさせ、さらに、ハードボイルドタッチの文体も魅力。個人的には最も好みなのですが、私が若い世代に勧めているのは、2作目の『肉弾』(2017年)。https://www.hyouten.net/?pid=131037597 2019年に、第21回大藪春彦賞を受賞した長編でもあります。

『肉弾』のストーリーには、「異界成長譚」のパターンが活用されています。そのパターンを箇条書きで示すと、

・「主人公(作中主体)」は主に未婚の若い青年。

・主人公が行動に出る=〈出発〉する(異界へ旅立つ)。

→異界ではさまざまな試練があり、難題が課せられるが、〈烙印〉が伏線となり、試練や難題は克服される。

・その通過儀礼を経て、〈変身〉=成長を遂げる。

つまり、青年が異界でもまれ、あがくうちに、援助者らの協力も得て「成長」を遂げるという物語。宮崎駿アニメなど、感動的な作品に見られる展開ともいえます。

『肉弾』の「主人公(作中主体)」は、関東在住の20代ニート「キミヤ」。父親に連れられ、北海道という〈異界〉で猟銃を握り、さまざまな試練を耐え抜きます。

最初は受身的なキミヤでしたが、父親が不在になったことで独立を余儀なくされ、そこから、飛躍的に力を発揮していきます。オオカミ犬のラウダたちに助けられつつ、ある大型の獣を仕留めることに成功! 青年キミヤから、一人前の男性「沢貴美也」へと変身=成長を遂げるのです。しかも、父親との葛藤を乗り越え、父親中心の社会からも解き放たれるところも読みどころでしょう。いくつかの犠牲をふまえ、自分の居場所を探しあてたあと、他者への優しさも生まれるのでした。

 

三浦綾子の小説との接点は、「生」への強力な導きでしょう。最終章の「狗命尽きず」に、「他の誰が望んでなくても、生きてやれ、お前ら。絶対に」というセリフもあるように、命の選別などはせず、「生」そのものに価値を置く発想が描かれています。読み終わったあとの達成感、快さは格別です。

それにしても、著書3冊がすべて大きな受賞している河﨑秋子さん、本当に今“旬”の、話題の作家ですね。山田風太郎賞の発表は10月16日。みなさんと一緒に応援しながら、その日を待ちたいと思います。

※河﨑秋子さんの、北海道新聞電子版連載コラム「元羊飼いのつぶやき」は、こちらからどうぞ→ https://www.hokkaido-np.co.jp/column/c_weekly_column/akiko_kawasaki/

 田中 綾

三浦綾子の小説を、AIが解析!?

人工知能(AI)が、俳句を自動的に作る! AI俳句「一茶くん」プロジェクトはご存じでしょうか。

https://www.s-ail.org/works/aihaiku/

俳句や短歌、さらにはSF短編などをAIが自動で「出力」する試みは、実は、ずいぶん前から取り組まれています。しかも、小説をテキストデータとみなして解析するというツールも公開されています。

その中の1つ、株式会社ユーザーローカルによる「AIテキストマイニング」。無料版は、インターネットでアクセスでき、誰でも使用することができます。

https://textmining.userlocal.jp/

検索するとすぐに「解析したいテキストを入力する」ページが現れるので、そこに、たとえば三浦綾子の『泥流地帯』の文章の一部を入力してみましょう。
図・1のように、「ワードクラウド」の提示や、「共起キーワード」の図示、加えて単語の色分けや、出現傾向の似た単語の樹形図も示してくれます。

文学研究として興味深いのは、「単語出現頻度」(図・2)ですね。使用された名詞と動詞、さらに形容詞と感動詞も分類して可視化してくれるので、その小説の語彙の特徴や、作家の文体研究の手がかりにもなりそうです。

今回の入力箇所は、大音響が迫るあの「山津波」のシーンなので、「向う」「流れる」「逃げる」「呑みこむ」など、「動詞」が多く使われていることがわかります。

もちろんこの無料版には限界があるのですが、読書会などでの話題づくり、また、小説を通したコミュニケーションの糸口として、興味深いツールと感じています。
ご自分の文章も解析できますので、一度、試してみてはいかがでしょう。

田中 綾

※今回、解析した文章は、三浦綾子『泥流地帯』「轟音」のこちらの部分です(新潮文庫、52刷より。675文字)。

拓一と耕作の目が恐怖におののいた。
「じっちゃーん! 山津波だあーっ! 早く山さ逃げれーっ!」
 二人の足ががくがくとふるえた。
「何いーっ!? 山津波―っ?」
「早く早く、早く逃げれーっ!」
 二人は声を限りに絶叫する。市三郎が家に向って何か叫び、キワと良子がころげるように飛び出して来た。三人が山に向って走り出す。それがもどかしいほどに遅く見える。
「ばっちゃーん、がんばれーっ!」
「良子―っ、早く早くうーっ!」
大音響が迫る。市三郎たち三人がようやく山道に辿りつく。ハッと吾に帰って、拓一と耕作が山道を駆け出す。が、山津波の襲来は早かった。
「ドドーン」
「ドドーン」
 大音響を山にこだましながら、見る間に山津波は眼下に押し迫り、三人の姿を呑みこんだ。
 拓一と耕作は呆然と突っ立った。丈余の泥流が、釜の中の湯のように沸(たぎ)り、躍り、狂い、山裾の木を根こそぎ抉(えぐ)る。バリバリと音を立てて、木々が次々に濁流の中に落ちこんでいく。樹皮も枝も剥がし取られた何百何千の木が、とんぼ返りを打って上から流されてくる。
と、瞬時に泥流は二丈三丈とせり上って山合を埋め尽くす。家が流れる。馬が流れる。鶏が流れる。人が浮き沈む。
「ばっちゃーん! じっちゃーん! 良子ーっ!」
二人の声が凄まじい轟音にかき消される。拓一がふり返りながら、合羽を脱いだ。
「耕作、おれ助けに行くっ!」
「危ないっ! 兄ちゃん、駄目だっ! 兄ちゃんが死ぬっ!」
「死んでもいいっ! 耕作、お前は母ちゃんに孝行せっ!」
言ったかと思うと、拓一は泥流に向って駆け降りた。

『泥流地帯』映画化、こんなキャスティングはいかがでしょう?

上富良野町さんの『泥流地帯』映画化プロジェクトhttp://www.town.kamifurano.hokkaido.jp/index.php?id=2137
公式ツイッター https://twitter.com/deiryu_chitai
も更新が多く、今後もますます楽しみですね。

さて、勤務先の大学での、三浦綾子の作品を読む全15回授業も無事に終わりました。今、期末レポートの採点中なのですが、今年のメインは『泥流地帯』『続泥流地帯』。せっかく全員で読み終えたので、映画化にあたって、“勝手に応援! キャスティングアンケート”も実施してみました。
回答してくれたのは、3,4年生の約90人です。以下、20歳前後の学生たちの選択眼がなかなか興味深いので、ご覧ください~

※すべて敬称略です

【拓一】
吉沢亮 窪田正孝 坂口健太郎 佐藤健 鈴木亮平 瀬戸康史 山崎賢人 岡田将生
工藤阿須加 玉木宏 妻夫木聡 菅田将暉 松坂桃李 間宮祥太郎 千葉雄大
阿部サダヲ 小栗旬 竹内涼真 北村匠海 桐谷健太 藤原竜也
西島秀俊さんが若返って欲しい 草刈正雄 泉政行

【耕作】
田中圭 星野源 竹内涼真 菅田将暉 山崎賢人 窪田正孝 松坂桃李 神木隆之介
中川大志 向井理 綾野剛 山田裕貴 福士蒼汰 北村匠海 松田龍平 風間俊介
伊藤健太郎

【福子】
上白石萌歌 上白石萌音 森七菜 松本ほのか 広瀬姉妹 広瀬すず 松岡茉優
石橋静河 黒木華 前田敦子 浜辺美波 高畑充希 川口春奈 吉岡里穂 松下菜緒
有村架純 永野芽郁 水川あさみ 芳根京子 清原果耶 山本美月 土屋太鳳
小芝風花 杉咲花

【節子】
今田美桜 杉咲花 大政絢 広瀬姉妹 小松菜奈 吉岡里帆 山口紗弥加 永野芽郁
長澤まさみ 松岡茉優 吉川愛 高畑充希 中条あやみ 山賀琴子 川口春奈 門脇麦
石原さとみ 常盤貴子 綾瀬はるか

【吉田村長を、もしもチーム・ナックスのメンバーが演じるとしたら……?】
・大泉洋・・・30.5%
・森崎博之・・・28.4%
・安田顕&音尾琢真・・・各17.9%
・戸次重幸・・・5.3%

【熱心な受講生より、おまけ】
拓一と耕作の姉「富」→ 山口紗弥加
節子の父「深城鎌治」→ 遠藤憲一

また、「北海道ゆかりの俳優さんで固めてほしい!」という要望もいくつかありました。
私が想像したキャスティングも、上の中にほぼ入っているのですが、節子は、まったくの新人さんのデビュー作にしてほしいなあ、とも願っています。
みなさんのキャスティングの予想はいかがでしょうか・・・?

田中 綾

菱谷良一氏ご講演「『生活図画事件』を語る」

菱谷良一氏ご講演「『生活図画事件』を語る」

6月27日、文学館にて、菱谷良一さんのお話をうかがいました。

1941(昭和16)年9月20日、北海道旭川師範学校(現・北海道教育大学旭川校)の美術部員だった菱谷さんのもとに、特高警察が訪れました。卒業制作に描いた作品が、治安維持法に違反すると見なされたのです。部員ら26人が一斉検挙、拘禁されました。

まだ20歳にもならない有望な学生が、冤罪で、1年3カ月もの刑務所生活を送ることに。菱谷さんは長男でもあり、母親の心労は計り知れないものでもあったでしょう。

仮釈放ののちの、紀元節(2月11日)の日。奮い立った菱谷さんは、自画像を描きました。妹さんの赤い帽子をかぶった自画像。それは、精一杯の抵抗を示したものでした。

現在開催中の「終戦75年」企画展には「生活図画事件」コーナーもあり、講演収録後、さっそくご観覧いただきました。菱谷さんの『生活図画事件 獄中記』の展示はもちろん、当時の旭川師範学校美術部の顧問「熊田先生」=熊田満佐吾氏の書簡(『銃口』読後感)や、熊田氏の絵画集、さらに、ご著書『青年の顔 美術教師の80年』の展示もあり、菱谷さんは熱心にご覧になっていました。

また、同じ美術部員で、すぐれた読書家であったという鏡栄さんには、三浦夫妻が『銃口』を書く際に取材をしていました。その「創作ノート」に菱谷さんのお名前もメモされており、菱谷さんは立ち止まります――。

そして、菱谷さんの、ため息。

『銃口』で描かれた「生活綴方教育連盟事件」のほうは、弁護士も尽力していたのに対し、「生活図画事件」はそれもなく、若い学生の心身を1年数カ月も拘束したのです。この理不尽。

菱谷さんは、それを若い人々にも伝えるべく、講演や取材に熱心に取り組んでおられます。支援する方々は全国におられ、実は当日も、You Tubeへの感想を多くいただきました。

その後、兵役のエピソードや、20年続けた海外旅行でのスケッチ、画集のモチーフなど、お話は尽きず、お見送りも名残惜しさでいっぱいでした……。

来年はかぞえで100歳になられる菱谷さん。個展と、画集の出版も予定されているそうです。今回の菱谷さんのお話、周囲の方々にもおすすめくださると幸いです。

田中 綾

『ひつじが丘』に花を見て佇つ

水無月となりました。みなさま、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。

三浦綾子記念文学館は、あたたかなご声援に支えられ、6月6日から開館営業を再開いたします。みなさまに安心してご観覧いただけるよう、いっそう入念に準備もいたしております。野外喫茶や氷点ラウンジで、初夏の旭川もお楽しみください。

さて、芝桜が見ごろの、札幌・羊ケ丘展望台の近くに行ってきました。ちょうど 先日、北海道新聞での連載コラム「新・北のうた暦」で、この一首をご紹介したのです。

作者の高坂百合子さんは、三浦綾子さんの実姉です。

 

ひと一人拒みきれずに惑ひつつ羊ケ丘に羊見て佇つ  高坂百合子

さっぽろ羊ケ丘展望台の芝桜が、目を和ませてくれる時期だ。

放牧された羊たちの姿を前に、しばし「佇(た)つ」作者は、長編『ひつじが丘』も書いた作家・三浦綾子の実姉。ここでは、人間世界の単純ではない関係性に戸惑いつつ、羊の無心なさまに心ひかれているようでもある。

今日もまた、迷える子羊の物語が紡がれているのだろうか。

(2020年5月26日掲載)

 

花々や羊たちの世界に比べ、なんとも複雑な人間世界……。

今回の新型コロナウイルスの感染対策をめぐっても、政治・経済・社会環境はじめ、これまであえて注視しようとしてこなかったものが、複雑に絡んでいることに気づかされました。

とはいえ、それにも増して気づかされたのは、文化や芸術が、私たちのゆたかで安定した精神生活のために欠くべからざるものということでした。

公共図書館がドアを閉ざし、ライブや観劇、映画鑑賞の機会を阻まれたここ数カ月、精神的に「あずましくない」状態が続いたのは、私ひとりではないと思われます。

劇作家・演出家の平田オリザさんは、「芸術文化は社会インフラ」と断言されました。基本的人権を持ち出すのは少々大げさかもしれませんが、ただ生きる、ではなく、よりよく生きる、という人間生活には、文化や芸術はまさに基盤の一つでもあるのですね。

惑いつつ、もがきつつも、よりよき明日のための一歩を選び取っていきたいと感じています。

※羊ケ丘展望台は、6月1日から営業再開とのことです。

田中 綾

企画展YouTube「『銃口』『青い棘』作中人物のことば」

北海道は、桜や、花々の彩りの美しい時季です。落ち着かない日々ではありますが、春はきちんと巡ってきて、生命を育んでくれているのですね。

さて、勤務先の大学で、三浦綾子の作品を読む全15回の授業を開講しました。受講生は、3,4年生の約100人です。現在のところ、学内のシステムを使って講義動画や資料を配信し、グーグルフォームで課題を提出してもらうという遠隔授業を行っています。

自宅待機で不便な思いをしている学生たちに、せめて、三浦綾子作品のことばを贈りたいと思い、企画展YouTube「『銃口』『青い棘』作中人物のことば」を紹介しました。

「この中で、あなたの心に届いた言葉は?」。以下、ほんの数名分ですが、学生らしい感想をご紹介しましょう――

 

『銃口』6(坂部久哉)

「男にとって女は仲間だ。女にとって男は仲間だ。生きていく仲間だ。」(「神楽岡」の章より)

→ 差別社会と言われてきた日本が常に念頭に置いておかなければいけない言葉だなと感じた。女性の差別ばかり取り沙汰されるが、男性の差別が存在してないわけではない。男性も女性もどちらも同じ人間であって、いがみあっていてはなにも生まれない。互いを尊重し合い、互いを尊敬することにより、この世はもっと良くなり、素晴らしいものになるのではないだろうか。

人間、誰しもが間違いを起こす。その時にどれだけ自分と向き合えるのか、どれだけ自分を疑えるのか。それをできる人間になりたいと感じさせられる言葉だったので、選びました。(T.Mさん)

 

『銃口』19(坂部久哉)

「成功ということは、有名になることでも、金持になることでもない。なろうと思う者になれたら、それも一つの成功だ。」(「手紙」の章より)

→ 将来の就職先や自分の人生を考えると、どうしても成功したいと思っている自分がいます。ですがこの言葉を聞くと、「そのようにあまり深く考えすぎないでもいいのかな。」という気持ちに不思議となります。

「本当に自分が好きなことはなんだろう。」「自分のやりたいことはどんなことだろう。」と思いながらこれから少しでも将来の自分と向き合うと、なんだか前向きになれる。そんな言葉に感じました。(M・Kさん)

 

『銃口』30(北森竜太)

「みんなとおんなじ人間は、地球始まって以来、地球がなくなるまで、二度と生まれてこないんだ。」(「裏山」の章より)

→ 自分と全く同じ人間が生まれてこないということは、よく考えれば分かることですが、落ち込んでいる時や自暴自棄になっている時などは忘れてしまいがちなので、そういう時に思い出したい言葉の一つかなと思いました。

また、自分に関わってくれている人や、関わりのない多くの人々も、二度とは生まれてこないということを忘れないように過ごすことが出来たら、現在のような大変な状況でも一人ずつのことを敬えるのではないかなと考えることも出来ました。

この動画は全体的に心に響く言葉が多かったため、一つには絞りにくかったのですが、同じ人間は二度と生まれてこないというのは根本に関わるものかなと思ったため選びました。(K・Yさん)

 

『銃口』69(山田曹長)

「命って厳粛なもんだろう? 様々な人生があって、様々な汗や涙があって、ようやくわれわれがいるというのに、自分一人の命を軽んじて自決などしたらどうなるか。」(「命」の章より)

→ コロナウイルスの影響で生活の全てが変わってしまい、学校にも行けない、大好きなショッピングもできない、全てが規制された生活で生きていることが辛くなってしまっている人がたくさんいると思います。わたしもそうです。今まで伸び伸びと好きなことをして生きてきた分拘束された生活がとても辛いです。自分や家族を守るためだとはわかっていますが、生きるのはとても難しいと実感しました。

ウイルスによる肺炎で多くの人が亡くなっています。生きたくても生きられない人がたくさんいるこんな状況だからこそ、一人一人が自分一人の命の重みを感じなければならないと思いました。(K・Tさん)

 

『青い棘』10(邦越康郎)

「どの国の者たちも、本当に戦うべき相手が誰であったか、それを知らなかったように康郎は思う。」(「雲の影」の章より)

→ この言葉は、戦争というものの悲惨さのみならず、兵士の葛藤などを込めた言葉などではないかと考える。(T・Sさん)

 

『青い棘』22(邦越康郎)

「武力の行使より先に、話し合いという場が、国家間にはあることを忘れてはならないと思います。」(「原爆忌」の章より)

→ 現代でも外交問題の最後の手段として武力行使が挙げられることがありますが、どんなに問題が深刻化しても戦争だけはいけないと思います。戦争が起これば必ず誰かが死んだり傷ついたりしてしまい、その「誰か」は自身か「私たち」の大切な人であるはずです。

戦争は他人事ではないと思います。戦争で誰かが傷つくとわかっているのなら、どんなに時間がかかっても話し合いを行うべきだと思うので私はこの言葉を選びました。(K・Kさん)

 

 

小説の本文を読むときと、抽出されたことばだけを読むときとでは、意外にも印象が異なってくるものですね。私は動画を見て、『銃口』の山田曹長のことばにはっとさせられました。みなさんは、どのように感じられましたか……?

実はまだ、学生たちは『銃口』『青い棘』本文は読んでいません。作中の「ことば」との出合いが、その後の豊かな読書につながることを期待しています。

 

田中 綾

『非国民文学論』を上梓しました

非国民文学論
非国民文学論
紀伊國屋書店様のPOP
紀伊國屋書店様のPOP

 

 

私事ながら、このたび、単著としては3冊目にあたる『非国民文学論』(青弓社)を上梓いたしました。もともとは、2003年~2004年に雑誌「詩学」に連載した拙稿でしたので、十数年かけてようやく世に出た書籍ということになります。

目次は、以下の通りです。

 

第1部 非国民文学論

序 章 いのちの回復

第1章 〈国民〉を照射する生――ハンセン病療養者

第2章 〈幻視〉という生――明石海人

第3章 〈漂流〉という生――『詩集 三人』と『笹まくら』

終 章 パラドクシカルな〈国民〉

 

第2部 〈歌聖〉と〈女こども〉

第1章 明治天皇御製をめぐる一九四◯年前後(昭和十年代)

第2章 仕遂げて死なむ――金子文子と石川啄木

 

「非国民」という言葉は、文学作品では日清戦争後に使用例が見られますが、常に他称として存在したと思われます。特に昭和の十五年戦争下、その言葉は、国を挙げての戦争に協力的ではないと見なされた人々に向けられました。しかも、身体面がその基準の一つとなったのです。

そのため、兵役につくことのできない病者や、徴兵検査で「丙種」合格になった人々(召集をうけない第二国民兵)は、総力戦の時代には疎外されてしまいます。精神的には国に従順な民であっても、身体的には非国民と称される立場に置かれるという、逆説的な問題が生じてくるのです。

また、徴兵拒否を選んだ少数の成人男性もいましたが、かれらは身体面での自由を求めようとして、逆に、身体的な不自由さをみずから引き受けるという逆説的な立場に追い込まれました。

それらを、文学作品を引用しながら考察した拙著ですが、その中で触れなかった歴史的事実を、一つ、ご紹介しましょう。

 

かつての大日本帝国憲法第20条には、「日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス」とありました。ところが、昭和初年施行の兵役法第1条には、「帝国臣民タル男子ハ本法ノ定ムル所に依リ兵役ニ服ス」とあり、兵役を担うのは「帝国臣民タル男子」と限定されていたのです。

そのため、1926年から27年にかけての第52回帝国議会で、これら両条文についての質問と答弁が行われました。兵役義務を男性だけに限定するのは憲法違反ではないか、という質問に、苦しい答弁が記録されています。それに基づくと、憲法第20条にいう「日本臣民」とは男性だけということになり、兵役法は男女差別法であるということが、むしろ明らかになったのでした。

 

現在、新たな日本国憲法が施行され、兵役法は存在していません。けれども、こうした近代日本の過去の経緯を知っておくことは、私たちにも必要なものと考えています。

 

田中 綾

三浦綾子原作の映画をDVDで

全国的、また国際的にも新型ウイルスが話題となり、日々の報道を見守っているこのごろです。当文学館では、これまで以上に館内の徹底した清浄、殺菌、マスクの着用等に気を配り、みなさまが安心してご来館いただける環境づくりに尽力しております。

さてこの1週間、私は外出を控え、在宅で文筆業に専念しています。締切と締切の合間の愉しみは、久々のDVD鑑賞の時間です。
三浦綾子原作の映画で、現在文学館でも取り扱っているDVDは3本。さっそく、その感想を記してみます(出演者の敬称略)。

『氷点』(山本薩夫監督、1966年)
旭川の雪景色と、アイヌ文化を要所要所に織り込んだ映像美。
原作からどの部分を抽出するかが脚本家の腕でしょうが、脚本家水木洋子は、辻口病院で退院前日の患者が自死を選んだエピソードをきちんと抽出し、慧眼と感じました。原作のセリフも最大限活かされています。
キャスティングは、ベテランの余裕と貫禄が感じられ、とくに、辰子役の森光子はベストキャスト!
実は初読のことから、キップも良くて情もある辰子は、森光子か杉村春子(ちょっときついかしら?)と考えていました。
唯一、陽子役の安田(大楠)道代が高校生には見えなかった……というのは、私だけでしょうか。

 

『塩狩峠』(中村登監督、1975年)
モデルとなった長野政雄殉難の2月に観るにふさわしい、緊迫感のある映像。明治期を再現させたカメラワークに、敬意を表します。
キャストでは、ふじ子を演じた可憐な佐藤オリエが印象深く、ラストシーンまで一気に見続けてしまいます。佐藤オリエのご父堂が、三浦夫妻とも交流のあった彫刻家・佐藤忠良という縁など、さまざまなエピソードも。

 

『海嶺』(貞永方久監督、1983年)
超大作を、96分にまとめあげたスタッフの苦労が思われる作。キャストは、西郷輝彦、竹下景子、あおい輝彦、火野正平ら豪華なメンバーに加え、14歳の仙道敦子がういういしい姿をちらっと見せています。
前半、鎖国の時代とアメリカでの物語世界に入り込むまで、いくらか時間が必要ですが、後半は緊迫の映像。とくに、マカオから故郷を目指す船旅に、目が釘付けになります。故郷に上陸目前という岩吉らに向けて、容赦なく砲撃を加え、“棄民”の意思を表明する共同体――為政者の判断と、民の郷土への愛との落差は、むしろ今日的な問題でもあるでしょう。
ちなみに、漫画版の『海嶺』(いのちのことば社、2017年)もおすすめです。

平常な生活に戻るまで、今すこし時間はかかるかもしれません。けれども、一日一日のかけがえのないひとときを、大切に過ごしてまいりましょう。

田中 綾

文学離れ? 文学館離れ?

三浦綾子 読書調査グラフ
三浦綾子 読書調査グラフ

昨年度から、勤務先の大学の「日本文学史Ⅱ」(近・現代の文学史)という授業でアンケートを行っています。質問は、ずばり「三浦綾子の作品を読んだことがありますか?」。
今年度の受講生は、人文学部の1~4年生で、109人から回答が寄せられました。

三浦綾子の作品を
→ 読んだことがある・・・11人 (10%)
→ 名前は知っているが、読んだことはない・・・59人(54%)
→ 今回初めて聞いた・・・39人(36%)

昨年度の調査では、「今回初めて聞いた」が「45%」でしたので、それよりはいくぶん認知度が回復したでしょうか。
とはいえ、「読んだことがある」学生が1割というのも、地元・北海道の大学としては、やはり寂しい結果です。

ちなみに、「読んだことがある」学生の三浦作品は、こうでした(複数回答)。

『塩狩峠』7人   『氷点』5人   『続氷点』1人  『ひつじが丘』1人
『泥流地帯』2人  『道ありき』2人

『塩狩峠』にふれたことをきっかけに、塩狩峠記念館を訪れたという回答もありましたが、これまで訪れたことのある文学館等を尋ねたところ~(複数回答)

北海道立文学館 21人   市立小樽文学館 15人   函館市文学館 3人
三浦綾子記念文学館 2人  宮沢賢治記念館 2人   井上靖記念館 1人
塩狩峠記念館 1人     旭川文学資料館 1人   有島記念館 1人
渡辺淳一文学館 1人

「地元だから訪れた」という理由が多いようですが、地元ではなくても、はるばる足を運びたくなる文学館には、どのような要素が必要なのでしょう――美術館や博物館にはない“文学館の魅力”を、いろいろと探っていきたいと思います。

田中 綾